人件費と配当の本当の関係
「【技術経営戦略孝】公開会社法結語:株主の行き過ぎた権限を抑制する」の内容が、事実を無視していてあまりに酷いので、きちんとしたデータを確認するだけしておこうというのが、今回の記事の趣旨です。
件の記事では、株主の力が強すぎることを次のデータを用いて説明しています。
- 平成18年〜平成20年の間で、配当性向(=配当金÷純利益)が増えている
- 平成16年〜平成21年の間で、株式発行額が減少するのに対して、自社株買いが増えている(ただし、平成21年は除く)
- 2004年(平成16年)〜2008年(平成20年)の間で、経常利益が増加するのに対して、平均給与が横ばいである
これらのデータを受けて、2ページ目では次のように述べています。
これらのデータは、他のステークホルダーが係わり稼ぎ出した利益を株主がごっそりと持ち出していると、雄弁に語っているのではないだろうか。
資本会計と損益会計の違いが理解出来ていないことや、純利益に人件費が含まれていないので配当性向と給与との間には何の関係もないことなど、企業会計の基本的なところが全然理解されていないので全く論旨が破綻しているのですが、事実関係の点のみに絞って、人件費(=給与総額)と配当の関係が本当のところはどうなっているのかということについて、数字を見ておこうと思います。
企業の財務情報の統計は、「財務省 法人企業統計調査」を見るのが便利です。
表1 付加価値とその主要な内訳(金額と付加価値に対する割合)
2004年 | 2005年 | 2006年 | 2007年 | 2008年 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
億円 | % | 億円 | % | 億円 | % | 億円 | % | 億円 | % | |
付加価値 | 2741996 | 100% | 2812265 | 100% | 2907755 | 100% | 2854573 | 100% | 2643278 | 100% |
人件費 | 1927488 | 70.30% | 1983700 | 70.54% | 2013560 | 69.25% | 1981473 | 69.41% | 1975017 | 74.72% |
営業純益 | 327065 | 11.93% | 351611 | 12.50% | 396379 | 13.63% | 399554 | 14.00% | 189631 | 7.17% |
配当 | 85849 | 3.13% | 125286 | 4.45% | 162174 | 5.58% | 140390 | 4.92% | 122098 | 4.62% |
※ 「財務省 法人企業統計調査」
※ 付加価値=人件費+支払利息など+動産・不動産賃借料+租税公課+営業純益
付加価値とは、企業がその活動で稼ぎ出した総額で、ここからステークホルダー(従業員、出資者など)に分配したり、法人税を支払ったり、再投資の原資にしたりすることになります。人件費や配当はここから拠出されるので、付加価値に対する比率で分析するのが適切です。
2004年から2007年までの間、人件費の比率はやや減少しているのに対し、営業純益と配当は増加しています。配当は利益の中から支払われるものなので、概ね利益の増加にあわせて配当が増加してきたということができます。人件費が減少しているといっても、全体に占める割合は70%もあるので変動幅は誤差に近いですが、営業利益は15%に満たないので変動幅は大きいです。
また、金額を注意深く観察すると、この変動は、ほぼ、付加価値の増分に依存するもので、全体が変わらない中で人件費を削って営業利益を増やしたわけではないということには注意が必要です。
2008年になると様子ががらっと変わります。経済危機によって企業業績が大幅に悪化したことを受けて、付加価値の額が減少し、それを受けて営業純益が大幅に減少しています。注目は、人件費が金額ベースでほとんど減少していないということで、その結果、人件費の比率は5%近く上昇しています。配当は営業純益の大幅な下落に比べると減少幅は小さいですが、付加価値の減少に伴って減少し、構成比も微減しています。
この2008年の数字だけを見れば、上で引用した文面は、次のように訂正されなければならないのではないでしょうか? つまり、
これらのデータは、他のステークホルダーが係わり稼ぎ出した利益を
株主が従業員がごっそりと持ち出していると、雄弁に語っているのではないだろうか。
しかし、これはそのような感情的な解釈を取るよりも、「人件費は単年度の業績の変化を受けにくいため、業績のよいときは人件費の構成比は低下し、業績の悪いときは上昇する傾向にある」という解釈をとるのが自然です。また、人件費や配当の「適正」水準はもっと長期的な時系列データや企業類型に基づく分析、諸外国との比較、国民の生活水準や企業活動の分析などさまざまな観点から評価する必要があることは言うまでもありません。