35歳世代の生活水準は、彼らの両親の生活水準より低いのか?

「投資十八番」さんが興味深い分析をされています。

特にここで挙げられている「35歳世代が子供の頃に両親が自分にしてくれた、当たり前だと思っていた事が、今では当たり前でなくなってきました。」という命題が興味深いです。実際私自身が30代の団塊ジュニア世代で、この命題は以前から思っていたことであり、直感的には正しいような気がします。
しかし、その命題の証明の論理展開には、いささか無理があるような気がします。大きなポイントは次の2つです。

  1. 比較のための収入のデータが平成9年のものを使っているが、35歳世代の両親が30代前半であった時代は、平成9年前後ではなく昭和50年前後である。
  2. 所得分布のピークをとって年収で200万円の減少としているが、年収のような連続量に対して最頻値を取るのは注意が必要である。

2つ目のポイントについては、この場合は最頻値よりも、中央値や適当なパーセンタイル値を使うほうが適切だろうと思います。所得分布は大まかに正規分布に近い分布をしているので、平均値と標準偏差を使った分析でも十分だと思います。最頻値で分析するなら、階級幅は100万円ではなく、10万円くらいにしないと誤差が大きくなりすぎるのではないかと思います。

とりあえず、1つ目のポイントについて、もう少し遡った時系列データを取って見てみたいと思います。年齢階層別の所得については、国税庁の民間給与実態統計で昭和53年以降のデータを見ることができます。主要な数字を以下に抜粋します。残念ながら中央値ではなく平均値しか利用できないので、平均値を使います。

表1 年齢階級別の男性の平均給与(千円)

25〜29歳 30〜34歳 35〜39歳 40〜44歳
S53 (1978) 2,408 2,975 3,395 3,618
S57 (1982) 2,896 3,579 4,168 4,544
S62 (1987) 3,289 4,000 4,710 5,275
H4 (1992) 4,054 4,862 5,566 6,241
H9 (1997) 4,130 5,132 5,891 6,447
H14 (2002) 3,804 4,686 5,577 6,198
H19 (2007) 3,809 4,634 5,598 6,342

(※ 国税庁「民間給与実態統計 3−10 1年勤続者の年齢階層別給与所得者数・給与総額・平均給与」より)

このままでは物価水準が違って、S53年の所得水準とH19年の所得水準を比較することができないので、物価水準の調整を行う必要があります。物価水準は、総務省統計局の消費者物価指数の総合指数を用いることにします。

表2 年齢階級別の男性の物価調整済み平均給与(千円)

消費者物価指数(総合) 25〜29歳 30〜34歳 35〜39歳 40〜44歳
S53 (1978) 68.8 3,500 4,324 4,935 5,256
S57 (1982) 82.9 3,493 4,317 5,028 5,481
S62 (1987) 88.7 3,708 4,510 5,310 5,947
H4 (1992) 98.9 4,099 4,916 5,628 6,310
H9 (1997) 102.7 4,021 4,997 5,736 6,278
H14 (2002) 100.6 3,781 4,658 5,544 6,161
H19 (2007) 100.3 3,798 4,620 5,581 6,323

(※ 平成14年までの消費者物価指数は、総務省統計局「平成17年基準 消費者物価接続指数 1-1 中分類指数(全国)−年平均指数」より)
(※ 平成19年の消費者物価指数は、総務省統計局「平成17年基準 消費者物価指数 作成系列別結果表 第1表 中分類指数(全国)」より)

これをみると、数十万円単位の変動はあるものの、大まかに各年齢階級別の所得水準は年代に関係なく一定であることが見て取れます。特に、直近の平成19年をバブル景気真っ盛りの昭和62年と比べても、変わらないかむしろ増えていることがわかります。また、1990年代は、景気後退期であるにもかかわらず、高い給与水準を維持していたということもわかります。

このように、35歳世代とその親の世代とで所得水準に違いがない以上、なぜ所得が低下したのかという分析はあまり意味がない事になります。

と、ここで分析を止めてしまっては、最初の「35歳世代が子供の頃に両親が自分にしてくれた、当たり前だと思っていた事が、今では当たり前でなくなってきました。」という命題の検証ができません。しかし、直感的には、この命題は真実を突いていると思います。
これまでの分析では、少なくとも「35歳世代とその親の世代とで所得水準の違いがその原因ではない」ということがわかっただけです。今後しばらくは、所得水準以外の観点から、この命題を分析していきたいと思います。